アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】 ニヒリズムの2(20/21)世紀の四半世紀が過ぎて

 

6.トランプのベネズエラ侵攻とプーチンのウクライナ侵攻

 

 第二次トランプ政権下に於いて、日本は第二次世界大戦敗戦以来のアメリカの属国から戦略的緩衝国に変わった[11]。とはいえ、アメリカしか同盟国がなく、G7(フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7カ国と欧州連合)のメンバー国でもある日本が、アメリカ、そして欧米寄りの政策を取るのはやむをえない。しかし研究者やジャーナリストが政府のポジショントークの党派性に無自覚に同調して自己の価値判断を客観的(共同主観的)に妥当すると錯覚することは、知的・道義的インテグリティを失い、ひいてはリアリスティックな国際情勢の認識さえ誤ることになる。

 有権解釈がない国際法であっても、トランプがデルタフォースを派兵しベネズエラの国境を侵犯し主権を踏みにじって民間人(マドゥロ)とその妻をその護衛らを殺害した上で拉致し米国に連行したことが国際法違反なのは非法曹の素人目にも明白である。

 しかし高市は翌4日になってベネズエラ情勢の安定化、民主主義の回復、邦人保護を望むとSNSで発信したのみで、トランプによるマドゥロ大統領の拉致、連行については批判しないどころか、あたかもそんな事実がなかったかのように言及さえしなかった。米国の中南米での国際法を無視した傍若無人な蛮行は今に始まったことではない[12]。高市の対応は単体で見れば深刻な問題には見えないかもしれない。しかしポスト冷戦期、ポスト・プライマシー時代における外交的対応としては重大な過ちであると筆者は考える。

 

高市早苗首相

 

 それはロシアのウクライナ侵攻に対する日本政府の対応と比較することで明らかになる。ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日にウクライナで「特別軍事作戦」を行うと、日本は岸田首相(当時)が重大な国際法違反であると強く批判し翌25日に即座に経済制裁を発表した。ロシアの軍事作戦に対しては翌日に公式な経済制裁、アメリカの国際法違反の軍事行動に対しては批判どころか「憂慮」や「懸念」という口先だけの外交辞令さえもなく「だんまり」という度を超えた目に余るダブルスタンダードである。このダブルスタンダードがダブルスタンダードとして意識すらされていないことも問題であるが、それがロシアや中国は言うまでもなくグローバル・サウスの目にそれがどう映るのかという問題意識が管見の限り政府ばかりか国際政治学界や論壇にすら存在しない。

 

7.法の妥当とタルスキーのT-スキーマ

 

 しかしダブルスタンダードを批判しただけでは十分ではなく、ダブルスタンダードが生ずるような世界の構造が問題なのである。そしてそれを理解するには中露などの「悪の」権威主義体制と日本と欧米の「善の」リベラル・デモクラシーの対立という概念枠組み自体を見直さなくてはならない。

 権威主義体制もリベラル・デモクラシーもニヒリズムという「死に至る病」の二つの現象形態でしかなく、トランプは二世紀にわたって続くニヒリズムの進化/深化の触媒なのである。

 国際法などというヨーロッパ帝国主義列強の覇権を隠蔽し糊塗する虚飾の偽善、欺瞞のイデオロギーを金科玉条の如くに振りかざすリベラルたちに比べれば、国際法など認めず「私は国際法など必要としない。私自身の道義(morality)、心(mind)だけが私を止めることができる」と言い放ち、31の国連下部機関を含む計66の国際機関からの脱退を宣言したトランプの方がまだ首尾一貫してインテグリティがあって信用できるというものである[13]

 国法であれ、国際法であれ、人間が作った法、人定法は「客観的」妥当根拠を持たない。つまり左辺がメタ言語における真理述語を含む文、右辺が対象言語の文そのものを表す文であり「『A』は真である ⇔ A」という同値を一般化したタルスキー(ロシア出身の数理論理学者カリフォルニア大学教授1983年没)のT-schemaの叙述文の形に書き表すことができる命題の真理条件(例えば「雪は白い」が真であるのは、実際に雪が白い場合に限られる)が当てはまらない。タルスキーの T-スキーマは事実を記述する叙述文や命題の真偽を一義的に決める基準として有効である。しかしすべての文がこのように事実と対応して真偽が決まるわけではない。可能性や必然性を扱う様相文は単一の事実ではなく複数の可能性の構造に依存するため別の意味論が必要になる。また「世界がどうであるか」ではなく「どうあるべきか」を示す義務や禁止を述べる規範文の値は真偽ではなく価値である。タルスキーの真理論は事実に対応する文とそうでない文を区別するために有効である。

 法には真偽はなく、法規範の妥当性の基準は価値であり、価値に客観性はない。近代西洋法の場合、法規範の間には憲法を最上位とする階層が存在するため、個々の規範の妥当性(合法性)は階層性を考慮の上で静態法学と動態法学の両面から導かれる。しかし論理体系における公理にあたる憲法律の中の最上位の根本規範の妥当性(合法性)は法内部では決定できず、道徳、宗教、経済、社会、政治、芸術などの主観的価値基準に照らして主観的に判断されるのみである。

 


[11] 日本の立場の変化については拙稿、中田考“台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない…イスラム法学者の世界的権威・中田考「高市首相はトランプに戦略的に利用される」”2025年11月20日付『Minkabuマガジン』[3.高市外交のアメリカ重視][4.MAGAトランプの「G2」的世界観と日本]参照。

[12] 国連設立後も冷戦期にはアメリカは単独で中南アメリカに侵攻してきた。①グアテマラの左翼アルベンス政権打倒支援(1954年)、②キューバ・ピッグス湾攻撃支援(失敗)(1961年)、③ドミニカ共和国への派兵(1965年)、④ニカラグアのサンディニスタ政権に対する反政府軍「コントラ」の軍事活動支援(1980年代)、⑤グレナダ侵攻(1983年)、⑥パナマ派兵(1989年)。

[13] Cf., 2026年1月9日付ツイート@BRICSinfo: President Trump says "I don't need international law." "My own morality. My own mind. It's the only thing that can stop me".トランプは1月7日31の国連下部機関を含む計66の国際機関から米国が脱退する覚書に署名した。「トランプ氏、66の国際機関から脱退指示 国連気候変動枠組み条約など」2026年1月8日付『日経新聞』参照。

 

次のページニヒリズムと〝力への意志〟の化身としてのMAGAトランプ

KEYWORDS:

 

 

✴︎KKベストセラーズ好評既刊  新装重版✴︎

高市早苗著『アメリカ大統領の権力のすべて』

 

★初の女性新首相・高市早苗「政治家の原点」がここにある★

アメリカ大統領の権力のすべて』待望の新装重版

 

民主主義国家の政治をいかに動かし統治すべきか?

◎トランプ大統領と渡り合う対米外交術の極意とは?

★政治家・高市早苗が政治家を志した原点がここにある!

 

「日本は、国論分裂のままにいたずらに時間を食い、国家意志の決定と表明のタイミングの悪さや宣伝下手が災いし、結果的には世界トップ級の経済的貢献をし、汗も流したにもかかわらず、名誉を失うこととなった。

 納税者としては政治の要領の悪さがもどかしく悔しいかぎりである。

 私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。

 (中略)

 そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。

 「日本の政治に足りないものはなんだろう?」情報収集力? 国会の合議能力? 内閣の利害調整能力?  首相のメディア・アピール能力?  国民の権利を保証するマトモな選挙?  国民の参政意識やそれを育む教育制度?

 課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。

 (中略)

 本書では、行政府であるホワイトハウスにスポットを当てて同じテーマを追及した。「世界一強い男」が作られていく課程である大統領選挙の様子を描写することによって、大統領になりたい男や大統領になれた男たちの人間としての顔やフッーの国民が寄ってたかって国家の頂点に押し上げていく様をお伝えできるものになったと思う。 I hope you enjoy my book.」

(「はじめに」より抜粋)

 

◉大前研一氏、推薦!!

 「アメリカの大統領は単に米国の最高権力者であるばかりか、世界を支配する帝王となった。本書は、連邦議会立法調査官としてアメリカ政治の現場に接してきた高市さんが、その実態をわかりやすく解説している。」

 

ALL ABOUT THE U.S. PRESIDENTIAL POWER

How much do you know about the worlds’s most powerful person―the President of the United States of America? This is the way how he wins the Presidential election, and how he rules the White House, his mother country, and the World.

<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

✴︎KKベストセラーズ「日本の総理大臣は語る」シリーズ✴︎

 

✴︎KKベストセラーズ 中田考著書好評既刊✴︎

『タリバン 復権の真実』

 

 

『宗教地政学で読み解く タリバン復権と世界再編』

 

 

※上の書影をクリックするとAmazonページにジャンプします

オススメ記事

中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

宗教地政学で読み解くタリバン復権と世界再編 (ベスト新書 616)
宗教地政学で読み解くタリバン復権と世界再編 (ベスト新書 616)
  • 中田考
  • 2024.09.21
日本崩壊 百の兆候
日本崩壊 百の兆候
  • 適菜収
  • 2025.05.26